ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

きれい(ss)



便所から戻ってきた飛段が座る角都に寄ってきて、濡れた手をさりげなく相棒の肩で拭って立ち去る。角都は知らんふりをしている。たまたま時間を持て余していた鬼鮫はそれに目を止め、おやおや、と声をかける。あんなことをされて黙っているなんてあなたも相当な甘ちゃんですねぇ。角都が緑色の目を見張って鬼鮫を見る。何の話だ、と返す声にも本気で不審がっているようすがうかがえて、鬼鮫は少したじろぐ。あなたの相棒ですよ、濡れた手をあなたのコートになすりつけていったじゃないですか。ああ、それがどうかしたか。どうかするもなにも不潔でしょう、と言わずもがなのことを反論しようとした口を鬼鮫は賢明にも閉じる。だが本質的に礼儀正しい男は問題行動を見過ごすことができず、次に同じような光景を目にしたとき、今度は飛段にやんわりと注意を促してみる。ああうん拭いてるぜ、と飛段は悪びれずに答える。ふけつ?きたねぇってことか?そんなこたぁねーぞオレぁちゃーんと手ぇきれいに洗ってっぞ。手じゃなくて、いや手もそうですが、コートだって汚いでしょう、角都さんがあのコートを毎日洗うわけでもないでしょうに。うーん、と飛段は答えてきょとんと鬼鮫の目を見返す。でも角都のコートはきれいだぜ、いつもいい匂いしてるしあったけぇし。話しているうちに視線を下げた飛段は、おっまたな鬼鮫、と言い捨て、席を立った相棒に寄っていく。距離を置いて見守る鬼鮫の前で、角都が飛段の口元を袖で拭いてやっている。まったく困ったものだな場所を選んでくれればいいのに、と鬼鮫は考える。彼らの手もコートも行為も、自分の清廉な相棒にはとても見せられたものではないからである。