ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

無頼(ss)



古い馴染みの情報屋が死の床にあると聞いた角都はその居場所を訪ねた。定住せず家族も持たず、しがらみなく生きてきた男は、仄かな死臭を立ちのぼらせながら角都を見上げ、かさかさした息だけの声で、来やがったな、と言った。おおよそおれの遺産でも狙っているんだろう、ハイエナめ。狙われるほどの財産もないくせに、口だけは達者な死にぞこないだな。軽くやりあいつつ、角都は簡素な宿の部屋を見回す。男がこの部屋にひと月ほど居続けていると言っていた宿の主人は、宿代を払うと申し出た角都にかぶりを振った。どうせ私も長くないですから。そうか、と角都は金を引っ込めた。欲を失うことが死につながるなら自分はまだまだ死にそうもないなと思いながら。布団の中に平たく横たわる男はかつての時代について角都に語る。語り終えたら死ぬのではないかと角都が案ずるほど饒舌に。おれはな、大層な賞金首とやりあったときに左腕をなくしたと言っていたがな、ありゃ嘘だ、本当は、まだガキのときに薪割りをしている親父にじゃれついて、その鉈でばっつりいったんだ、親父はおれとおれの腕を抱えて医者に走ったが、田舎の医者じゃどうしようもない、帰りに親父が帽子を買ってくれた、冬だったからな、それを、おれは乗せてもらった農家の荷車に忘れてきてしまった、腕よりも帽子のほうが惜しかったよ、その親父もすぐに逝っておれはひとり、ひとりでここまで生きてきた、ひとりで。さー、と砂のような息を吸って男が角都に酒を望む。少ない荷の中の古びた瓶を開くと芳醇な酒の香りが漂う。自分の死に水にとっておいたのだ、と笑う男が角都にもそれを勧める。お前も飲め、お互いひとりでよくやってきたな。うむ、と角都は生返事をし、うしろめたい思いを隠して酒を飲みくだす。朽ちる肉体と諦念は角都からまだ遠い。それに、男の孤独は本物かもしれないが、角都のは偽物だったからだ。