ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

どうにもとまらない(パラレル)(TEXT)

角飛界の雄であるこあん様のすてきサイト「dd-more」12/25の記事にて公開されていたネタがあんまりおいしそうだったので食いついてみました。こあん様、いつも糧をありがとうございます!



 ホテルのフロントで予約名を言おうとして噛んでしまった。「あかっ、あ、暁建設」とモゴモゴ唱えるオレにフロントの男が「にめいさまついんいっぱくでよろしいですね」と返す。テンパっていて何を言っているのかよくわからなかったけどとりあえず頷き、出された紙切れに名前を書く。汗ばんだ手に紙がくっつき、ただでさえ下手くそな字がさらに粗末なものになる。今日こそやる、と決めていたことなのにまったく余裕がない。それでも渡されたカードキーはしっかりとつかんだ。
「課長、行きまっしょ」
 ロビーのソファで待っていた課長が立ち上がる。オレはカードキーをしげしげ眺めるふりをし、エレベーターへ向かう課長がオレを追い越してからやっとその後ろを追った。いつもの作業服姿よりやせて見える背。作業服の広い背中の方がオレは好きだ。けどケツが微妙に隠れるスーツも悪くない。というか、かなりいい。いつもはうなじのあたりで縛ってある長めの髪が今日はおりていて、アタッシュケースを下げて立つ課長の背後でオレは勝手にときめく。いつものおかずと違うがエレガント系の課長もおいしい。でれでれとそんなことを考えていたら急に、おい、と呼びかけられたのでオレは慌てて顔を引き締めた。
「今日の打ち合わせ、どう思った」
工数キツキツじゃないすか、確認は通るだろうが納期押すんじゃねえかな」
「現場の意見はおいておけ。交渉の余地はどうだ」
「あるっしょ。あんまマジな感じしなかったし余裕ありますよアレ」
 エレベーターのドアが開いた。狭い。こんな箱の中に課長と押し込められるだけで興奮してしまう。血が上って顔がパンパンな感じがして、オレはつけ慣れないネクタイをゆるめる。
「あの工程表は先方の希望に過ぎない、理論上可能なだけだ。お前、代案として現実的なスケジュールを作れ。バッファも入れてせいぜいあれの二倍ぐらい、落としどころは1.8掛け。相手があんまり渋るようならいったん引いていい。次はお前一人で掛け合ってみろ、飛段」
 いつもはろくに会話もしたことがない課長がオレ一人に向かって話しかけているという状況だけでうっとりなんだが、これはそれ以上のウルトラスーパーうっとりだ。学歴もなくて理解がノロマなオレに課長が仕事を任せた。なんかもう脳みそから喜びの汁がジュワジュワ出てくる。よし、とオレは気合を入れる。今夜、オレが仕事以外もできる男だってことを証明してやるぜ。待ってろよ課長。
 チーンと音を立ててエレベーターが階につき、ドアが開く。勇んで降りようとしたオレは開き切らないドアに肩をぶつけ、いて、と間抜けな声を上げてしまった。バカが、と課長が唸って先へ行ってしまう。オレは慌てて後を追う。
「おいてかないでくださいよォ、キーはオレが持ってんですから、課長!」

 オレは飛段、バイトで入った暁建設有限会社で今は正社員として働いている。何度か辞めようと思ったけど、居心地は悪くないし他の職もないしでだらだら続けてきた。課長は三年前によその会社を辞めて暁へ移ってきた人だ。大したエリートだったのに顧客とトラブって暴力沙汰を起こしたという噂だった。前科者とはいえ元エリート、ウチに来るなんてそうとうヤキが回ったなァとオレたちは笑ったが、課長の凄腕ぶりを見てからは誰も陰口を叩かなくなった。前の会社で切れ者だったってのは多分本当だろう。この三年間で会社の経営状態はずいぶん良くなった。オレのボーナスもちゃんと支給されるようになったんだから、頭がいい人間は社会の宝だとつくづく思う。
 そのうえ課長は見た目もいいのだった。きれい、というのとは違う。そんな薄っぺらいものじゃなくて、怖さと歪みが混じって整った複雑な感じ。見れば見るほど見たくなる。ときどき更衣室で目にする体も、がっしりしているくせに腰の線が甘かったりして、これも見れば見るほど見たくなる。およそ不愛想な声もすげえシブくて、要するにオレは課長に惚れてしまったのだった。挨拶ぐらいしか交わさない野郎相手に。それもずぶずぶに。
 課長が来たのが三年前ってことはもう話した。今までどれだけ我慢をしてきたのか思い起こすと自分が不憫になってくる。罪悪感から欲を押し殺していたあの日々、オレの股はいつもふっくらしっぱなしだった。そして、とうとうとんでもない夢を見た朝、汚れたパンツを洗いながらオレは悟ったのだ。神が人を作ったのなら、人に備わった欲望も神が作ったものだろうし、それが悪であるわけがない。オレたちは欲に素直に生きればいい。正しい道は欲が指し示してくれるだろう。
 クリアになったオレの目的は、だが達成が難しかった。仕事をがんばってみても課長との接点はそんなに増えない。オレが現場にいる間も課長は取引に飛び回っている。夢想の中でオレは幾度となく課長の腰を両手でつかんで股を打ちつけ、こちらの勢いに圧倒される相手を存分に可愛がったが、それを現実に移す機会を見つけられずにいた。今年もまた思いを遂げられずに終わるのかと悲観していたときに舞い込んだ出張話がこれである。年末の休みがつぶれるけどそれはどうでもいい。だいじなポイントは商談後に課長とホテルで一泊するということ、しかも同じ部屋で。出張が決まった日、帰り道でオレは新しいパンツと薄いゴム、それに小さなチューブ入りのワセリンを買った。本気で恋をしたことのある奴ならオレの舞い上がり具合が想像できるんじゃないだろうか。

 かっこうよく決めるはずだったのに、肝心のホテルの部屋の前でオレはうろたえる。さっきもらったカードキーはどこだろう。背広の左右のポケット、内ポケット、ズボンのポケットをばたばた叩くオレを課長が無表情に見下ろす。ますます焦ってオレは自分の体を打ち鳴らす。フロントに忘れてきたんだろうか。いや、あれだけ眺めたんだからそれはない。じゃあ落としたか。どこに。目の前の課長がため息をつき、オレの肩をつかむ。てっきり殴られるんだと思ってじっとしていると、なんと課長はオレの体を撫でるようにさわってカードを探し始めた。大きな手がオレの胸やら腰やらを探り、しまいに尻のポケットからカードを引っ張り出す。バカが、とまたもや怒られたけど、オレはもう竿がバキバキでそれどころじゃない。課長の体がすぐそばにある。体温が感じられる。匂いがする。
 課長に続いて部屋へ入りながら背広を脱ぎ、カバンとそれを床に落とした。オレもでかい方だが課長はオレよりも上背がある。襲うなら喧嘩と同じく先手でマウントを取るべきだろう。課長、と呼びかけたのは、それでも背後から突然タックルするのは悪いと思ったからだ。横向きの課長の腰に突進していったオレは相手をベッドまで押していき、横向きに倒して押さえつけることに成功した。そのまま課長のワイシャツのボタンを外して背広ごと剥こうとするがネクタイが邪魔をする。あいにく両手はふさがっているし、オレは課長の首元に顔を埋めてネクタイに噛みつき、歯で引っ張って取ろうとした。お前っ何をっ、と課長がわめく。ああ嫌がられているなとは思うけど今さら止まれない。
「すんませんっ課長」
「放せ馬鹿野郎」
「一発だけ、そしたらクビでもなんでもいいっスから」
「気でもふれたか貴様」
「好きなんです、ずっと好きだったんですお願いします課長っ」
 やっと課長のベルトが外れた。がむしゃらに相手のズボンを引き下げれば、一緒にずり下がった下着から魅力的な尻があらわれる。いただきます、と一礼して自分のズボンの前を開いたとき、急に首を強く引かれ、気がついたら課長がオレの腹の上に片肘をついてのしかかっていた。もう片手にはオレのネクタイが握られている。形勢逆転だ。不利になったオレは逃れようとじたばたしたが、ネクタイが容赦なく首に食い込んできたので抵抗をやめた。
「俺の尻を狙うとはとんだクソガキだな」
 乱れた服から胸やら腹やらがのぞいているが、不埒者をあっさり取り押さえたせいか課長はなんだか嬉しそうに見える。それとも本気で怒ると薄笑いするタイプなのかもしれない。どちらにせよオレはこてんぱんにのされるか、警察へ突き出されることになりそうだった。心底がっかりだがそれだけのことをしたんだからしょうがない。それに、正直今は失恋の方が痛い。オレはしぶしぶ両手を上げて降参のポーズを取り、参った、と声にも出した。ネクタイが少しだけ緩むが、まだ課長は薄笑いを浮かべている。
「あー、オレのことどうすんの」
「今考えている」
「ごめんな課長、オレ順番間違えたけどさ、あんたのことマジ本気で好きなんだよ、けど我慢しきれなかったっつーか、いやまあ告ってからやるべきだったけどそのへん焦っちゃったっつーか、ぶっちゃけ抱きたくて他のことはどうでもよかったっつーか」
 ネクタイはそれ以上緩まなかったけれど、貴様が俺を抱くなど百年早いわ、と言った課長の声が低くて優しかったので、オレはなんだか嬉しくなってへらりと笑ってしまった。ゆっくりと顔を寄せてきた課長がオレの唇から耳までを舐め上げる。餌の味見をするライオンみたいに。酸欠でぼんやりしてきた頭でオレは考える。この調子じゃ警察は呼ばないで課長がオレをボコるんだろう。ありがたいことだ。ごめんな課長、ともう一回呟くオレの耳元で、勤務時間以外のときは角都と呼べ、と低い声がささやく。
「さて、夜は長い。じっくりいくぞ」