ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

十でとうとう元の鞘(ss)

こあん様からのリク「手毬唄」による小話。「自業自得」の続きです。こあん様、楽しいリクをありがとうございました(*^・^)ノまたぜひお寄せくださいね。



気持ち悪すぎて目が覚めた。吐きたいが体が動かない。このまま吐くしかないらしい。地べたに胃の中身をまいたオレは腕立て伏せの格好のままであたりを見回したが、視界がグラグラぶれてたまらずまた目をつぶった。これは相棒に何かされたに違いない。内臓がつぶされるとすごく気持ち悪くなるし、頭を殴られるといつも目が回る。しかし相棒はどこにいるんだろう。そこまで考えて、やっとオレの脳みそがゆっくりと動き始める。違う、これは相棒に殴られたんじゃなくて二日酔いだ、だって相棒は今そばにいないから。オレはウーと唸って身を起こし、ゲロから立ちのぼる湯気から離れた。この寒さは朝だ。しかも外。薄眼を開いて周囲を確かめると、ここはぼろい神社の軒下らしい。目の前に伸びる参道の端には赤い鳥居とキツネの置物。洟をたらしたガキどもがそのへんを走り回っている。ちょっとした高台にあるここからは、一本道の両脇に店が並ぶだけのふもとの町が見下ろせる。見覚えのある赤屋根を認めたオレは、あそこに角都がいるんだなあ、と考えて悲しくなった。いろいろがっかりだ。このところヘソを曲げっぱなしの相棒が昨夜も感じ悪かったので、ちくしょう、と宿を出て行ったオレは持ち金を全部飲んでしまい、ただでさえ帰りにくい宿にますます帰れなくなってしまった。こんな金の使い方をしたと知ったら角都は二度と口をきいてくれないだろう。ゲロを眺めながらグラグラする頭でそんなことを考えていたら、不意にわあと泣く声がしてガキどもがぱっと散って行った。見れば、まだちっこい女のガキが神社の屋根を見上げて口をあけて泣いている。隣には男のガキがひとり真っ赤な顔をして立っていて、女のガキの顔を見たり屋根に石を投げたりしている。動くのもかったるいがこのままではうるさくてどうにもかなわない。観念したオレはすっぱい唾を吐きながらガキのところへ行き、一緒に屋根を眺めてみた。荒れた萱屋根の縁に模様のついた手毬が引っ掛かっている。男のガキは落ちていた棒を屋根に向けて伸ばしているが、成功するまであと一年ぐらいかかりそうだ。見物に飽きたオレは鎌を握るとチャッチャと振り回して毬を落とし、片手で受け止めたそれを女のガキへ転がしてやった。男のガキが棒を持ったままオレをにらんでいる。役割を取られたのが不服らしく、ムッとしている顔がちょっと相棒に似ている。タマをあんなとこに投げたのはお前かと尋ねると、かすかに頷いてみせる。悪いことをしたらちゃんと謝れ、それに好きな子をいじめるのも大概にしとけ、とオレは大人らしく説教をし、うるせーよと言い返すガキを好もしく眺めた。否定しないとは素直なガキだ。自分もこのぐらい素直になれたらいいのにと考えたオレは、ふと思いついて隠しから一両玉を三つ取り出した。昨日の飲み代の釣銭で今のオレの全財産である。それを受け取った男のガキが走っていくが、毬を回収した女のガキはそれで遊ぶのに忙しく参道の方など見やしない。片思いはどこにでもあるらしい。ひとーつ日暮れて、ふたーつ振られて、みーっつみじめで、よーっつ酔っ払って。おいおいなんて歌だ!とオレは憤慨する。しかも女のガキが毬つき下手で、そのたび歌が振り出しに戻るからますますイラつく。イラついたら気持ち悪くなってきてオレはまたゲロを吐き、ヨボヨボと賽銭箱の隣まで移動してうずくまった。もし男のガキがちゃんと角都をつかまえてオレの言葉を伝え、それを受け入れた角都がここまで来てくれたなら、絶対スルーしない場所が賽銭箱だろうから。いつーつ家出て、むーっつむくれて。女のガキが根気よく毬をつく。毬がそれれば拾ってきて初めから歌いなおす。下手くそだがあきらめない。ななーつ悩んで、やーっつやむなく、ここのつ告って。また毬がそれていく。そうだあきらめるな、といつの間にかオレは念じている。あきらめるな、あきらめるな。眼下の赤屋根から人影が現れる。オレはショボつく目を凝らす。でかい影と小さな影。でかい影が小さな影を抱え上げ、こちらに向かってくる。早足だ。女のガキがついに最後の歌詞を歌い上げる。跳ね上がる赤い毬、はっきりと近づいてくる黒い人影。オレはぼろい軒越しに青空を見上げ、こみあげてくるゲロと他のものを我慢する。