ハキダメ

ダメ人間の妄想の掃き溜め

踏み絵・ション8(ss)



河原近くに湧いていた小さな温泉。ぬるぬる褐色の上質の湯に浸かりながらもオレはそれを楽しめず、茜に染まった夕空を飛ぶコウモリどもを恨めしく眺めた。あいつら楽しそうだな、よっぽど飛ぶのが気持ちいいんだろうなァとオレが軽い気持ちで言ったのに、あれは餌の虫を探しているだけだと相棒が返したのが発端だった。楽しむなんて無駄なことを人間以外の生き物がするわけがなかろう、バカめ、とまで言われて腹を立てたオレは、楽しみが無駄だってんならオレだけ楽しませてもらうぜと言ってさっさと服を脱ぎ、狭い天然の湯船を独占した。コートの前をプチプチはずしていたはずの角都はいなくなった。きっとどこかで無駄じゃないことでもしているんだろう。しばらく我慢した後、くそ、とオレは毒づいて湯から上がり、荒く服を着てから湯に向けて放尿する。楽しめない温泉なんかない方がいい。そうして相棒を探しに行ったオレは、さんざんあたりを歩きまわったあげく、出発地点の狭い温泉にちゃっかり入っている角都を発見する。かたまるオレに、なかなかいい湯だな、と角都は声をかけてくる。褐色の湯で顔を拭う角都を見てオレは開いた口を閉じる。今さら真実を知ったところで何にもなりゃしない。角都はさらに、飛段お前も来い、一緒に入ろう、などと言い出す。たまには無駄なことをするのも悪くないな、さっきは俺が言いすぎた、機嫌を直せ。…なんでこんなときばっかりしおらしくなるんだろうこいつは。仕方がないのでオレは湯に入る。入るしかない。角都が思っているよりもオレは角都を大事にしているから。角都がそれを知ることは決してないだろうけれど。